反対咬合をはじめとして、歯並びを整える矯正治療は一般的に自費診療で行われています。
ところが、あまり知られていないのですが、保険診療が全く使えないのかというとそうではありません。
限られた症例だけですが、保険診療で受けられる場合があります。
どのような反対咬合に保険診療が使えるのでしょうか。
今回は、保険診療で矯正治療が受けられる反対咬合についてお話しします。
保険診療で受けられる反対咬合とは
まず、今回のテーマである保険診療で反対咬合の治療を受けるための条件についてご説明します。
厚生労働大臣が定める疾患に原因のある反対咬合
厚生労働大臣が定める病気とは、お口や顎に関係する先天的な病気、つまり遺伝による病気などです。
およそ60種類もあるので、全てを書くことは難しいですが、中には唇顎口蓋裂というお口の奇形、ダウン症候群、筋ジストロフィーなど、比較的よく知られている病気もあります。
これらに関係している反対咬合などの噛み合わせの異常ということです。
3本以上の永久歯が生えてこないことによる反対咬合
永久歯が3本以上生えてこないことで生じた反対咬合などの噛み合わせの異常です。
単に永久歯が生えてこないというだけでは認められません。
永久歯を生えさせるために、埋伏歯開窓手術という骨に穴を開けて埋まっている歯を引っ張り出す処置をしなければならない場合に限られています。
顎変形症による反対咬合
顎変形症とは、顎の骨格の形や大きさ、位置などに異常があり、上顎と下顎が適切に噛み合わせられなくなる病気です。
顎の骨格の異常に原因があるので、顎変形症による反対咬合の治療では、矯正治療に加え、顎矯正手術が欠かせません。
保険診療で反対咬合の治療が受けられる歯科医院について
先ほどご紹介した3つの条件のいずれかに当てはまるからといって、どの歯科医院でも保険診療で矯正治療を受けられるのかというと、実はそうではありません。
厚生労働大臣が定めた施設基準に適合しているとして、地方厚生局長に届け出て、認められた保険医療機関である歯科医院でなければなりません。
保険診療で矯正治療をするための施設基準
以下の基準を全て満たしていなければ、保険診療で矯正治療を行うことは認められません。
-
矯正治療用のセファログラムというレントゲン機器を備えていること
-
歯科矯正の治療経験が5年以上ある専任の歯科医師が1名以上いること
-
常勤の歯科医師が1名以上いること
顎矯正手術をする医療機関と連携体制が取れていること
顎変形症を治療するための施設基準
顎変形症の矯正治療を行うためには、次にあげる基準を満たしていなければなりません。
-
障害者総合支援法による都道府県知事の指定を受けている医療機関であること
-
下顎の動き方を調べる検査機器、矯正治療用のセファログラム、お口を開け閉めする筋肉の働きを調べる機器が備えられていること
-
常勤の歯科医師と常勤の看護師や歯科衛生士がそれぞれ1名以上いること
-
顎矯正手術をする医療機関と連携体制が取れていること
保険診療での反対咬合の治療の特徴
保険診療で反対咬合の治療を受けた場合の特徴についてご説明します。
治療期間が長い
保険診療で反対咬合の治療を受けるとすると、術前矯正に2〜3年、術後矯正に1年前後必要なのでトータルの治療期間は5年程度になることが多いです。
一般的な矯正治療であれば、2年前後で治療が終わるので、保険診療での治療期間の長さがお分かりいただけると思います。
もし、少回数での治療をお望みの方は、通常の矯正治療の方がいいでしょう。
入院が必要
保険診療で矯正治療を受ける場合、顎矯正手術が不可欠です。
顎矯正手術を受けるには、お仕事や学業を休んで、しばらくの間入院しなければなりません。
入院することができない場合は、通常の矯正治療で治療を受ける必要があります。
顎矯正手術が必要
顎矯正手術は、顎の骨を切断して分離し、移動させるため、とても大変な手術です。
手術後は顎間固定というお口を開けられなくする処置をするため、しばらくの間、流動食しか食べられません。
もちろん、腫れや痛みも強く表れます。
もし、楽に反対咬合を治したいという場合は、セラミッククラウンを被せて前歯部の見た目を改善するセラミック矯正など、違う方法を検討した方がいいかもしれません。
医療費控除が受けられる
国税庁では、美容目的の矯正治療であれば医療費控除の対象外としていますが、噛み合わせの改善や病気の治療としての矯正治療は医療費控除の対象として認めています。
保険診療で反対咬合の治療を受けた場合、後者に当てはまりますので、医療費控除が受けられます。
治療費が抑えられる
保険診療で反対咬合の治療を受けた場合、自己負担割合が3割の方で、窓口でお支払いになる金額は30万円前後となることが多いです。
一般的な矯正治療と比べると、保険診療で反対咬合の治療を受けた場合の治療費は、抑えられています。
保険診療での反対咬合の治療の流れ
保険診療で反対咬合を治療する場合の流れについて、3つの中で比較的頻度が高い顎変形症の症例を用いてご説明します。
先ほどの施設基準のところで、”顎矯正手術をする医療機関と連携体制が取れていること”という条件が定められている理由もお分かりいただけると思います。
術前矯正治療
顎変形症では、顎の骨格に異常があるので、歯並びだけを整えても理想的な噛み合わせにはできません。
そこで顎の骨格の手術をするのですが、治療前の歯並びは顎の形や大きさに異常がある状態で噛み合う噛み合わせです。
顎の骨格を整えたら、手術前の噛み合わせでは噛めませんので、手術後に噛み合わせられるように、手術前に歯並びをある程度整えます。
これを術前矯正治療とよんでいます。
顎矯正手術
顎矯正手術は、下顎骨に対しては下顎枝矢状分割術(SSRO)や下顎枝垂直分割術(IVRO)などの骨切り手術が選ばれます。
上顎骨の異常も認められれば、ル・フォー(Le Fort)Ⅰ型骨切り術も同時に行われます。
いずれも入院して全身麻酔で行われる手術ですので、口腔外科のある大きな病院で行われます。
顎間固定術
顎の骨は、骨切り手術で移動させたのち、プレートという薄い板で止めます。
そして、骨と骨が接合するよう、手術後しばらくの間、上顎と下顎の歯を結んでお口が開かなくする顎間固定という処置を行います。
術後矯正治療
顎間固定が終われば、手術後の上顎と下顎の骨格の位置関係に合うように噛み合わせを調整し、しっかり噛めるようにします。
保定処置
矯正治療が終われば、矯正治療後の後戻りを防ぐために、保定とよばれる処置を一定期間行います。
まとめ
今回は、保険診療で受けられる反対咬合の治療についてお話ししました。
保険診療で反対咬合の治療を受けるには
①厚生労働大臣が定めた病気に原因のある噛み合わせの異常
②3本以上の永久歯が生えてこず、かつ開窓手術を必要とする噛み合わせの異常
③顎変形症
のいずれかに当てはまる必要があります。
しかも、歯科医院側にも施設基準がありますので、保険診療で反対咬合の治療を受けるのは、かなりハードルが高いです。
また、
①治療費が抑えられる
②医療費控除を受けられる
といった利点のほか、
①治療期間が長い
②入院が必要
③顎矯正手術が必要
などの難点もあります。
保険診療で反対咬合の治療を受けるなら、こうした点も考えておかなければなりません。
もし、保険診療での反対咬合の治療に関心のある方は、一度歯科医師と相談なさることをおすすめします。